INTERVIEW
GMな人びと

中垣恒太郎さん

日本グラフィック・メディスン協会代表
専修大学文学部英語英米文学科教授

中垣恒太郎さん(後編)
欧米で生まれたグラフィック・メディスンを日本で紹介することの意義についてどのようにお考えでしょう?

 欧米の研究動向に追従する必要はまったくないのですが、新しい研究や活動の流れを作り出す際に海外の動向はとても参考になるものだと思います。日本でも医療人文学はさまざまに進展を遂げてきましたが、グラフィック・メディスン学会のあり方はピラミッド型の構造ではなく、フラットに連携を繋げ、広げていくあり方を採用しています。さまざまな分野の人たちがそこに集い、活き活きと交流活動を楽しみながら展開しています。専門性が高まる中で横断的な交流の場は今後ますます求められるように思います。
 また、日本のマンガ文化は確かに多彩ですが、それでも海外のコミックス文化に触れてみるとそのユニークさも際立って見えます。医療や健康、人生に関しては、視野を海外に広げることで参考になることも多いです。そして、日本のマンガ文化の多様な発展を医療マンガの観点から概観し、その成果を国内外に発信していくことも充分に意義のあることでしょう。

日本グラフィック・メディスン協会では、現在、「日本の医療マンガ50年史」というプロジェクトが進行中です。欧米のグラフィック・メディスンだけではなく、日本の医療マンガにも着目する理由をお教えください。

 「医療マンガ」として「なんとなく」皆に共有されているイメージはあると思うのですが、これまでのところ、「これこそが医療マンガのジャンル史」として定義が定まっているわけではない状況ですから、現在試行錯誤の中で準備を進めている「日本の医療マンガ50年史」プロジェクトがその研究のスタートになるものです。網羅的、包括的というわけにもいかず、問題提起として投げかけを行うこと自体に意義を見出しています。「エッセイマンガ」を中心に現在なおも多様に発展を遂げている領域です。さらに、「解説マンガ」や、表現することを通してのセラピー効果に対する注目もあります。こうした医療とマンガをめぐる状況と歴史をまとめてみようとしています。
 まずは第一歩ですが、医療とマンガをめぐる問題提起として、そこから新たな関心も広がっていくのではと期待しています。ひょっとしたらそこから新たな表現活動が生まれる下地となることもあるかもしれません。

医療マンガ50年史_打ち合わせ風景
好きな日本の医療マンガを教えください。その理由は?

 先に小説からになるのですが、印象に残る医療をめぐる短編小説アンソロジーとして思い起こされる本に、筒井康隆編『人間みな病気』(福武文庫、1991、講談社文庫、2007)があります。今から見ると、「ほとんどビョーキ」という流行語に代表される時代を反映した産物でもあるのでしょうが、エイズをめぐる不安を描いた島田雅彦『未確認尾行物体』(1987)や、後の私小説風長編『ファザー・ファッカー』(1993)に繋がる内田春菊「田中静子14歳の初恋」などの同時代作家による作品から、谷崎潤一郎、横光利一、坂口安吾なども収録されていて、名アンソロジストとして知られる筒井氏ならではの名短編集です。中でも遠藤周作「役立たず」が印象深いもので、入院中の小説家をめぐる物語なのですが、病院の中ではたとえどれほど社会的立場の高い者であろうとも無力な存在にすぎないという深い読後感をもたらすものでした。
 こうした小説やドラマなどを比較参照しながら、マンガという表現メディアならではの作品のあり方に関心を抱いています。そして医療マンガは社会に対する還元や問題提起などさまざまに社会的な機能を持ちうるものですが、そうした実用性のみならず、マンガ表現の可能性を拡張する観点に対しても注目してみたいです。
 藤河るりさんによる闘病エッセイマンガ『元気になるシカ! アラフォーひとり暮らし、告知されました』(KADOKAWA、2016)は、ちょうど私自身が医療マンガ研究を始めた頃に出会った作品ですが、シカのかわいいキャラクターを通して闘病体験を綴るその手法がまさしくマンガでしか表現できない試みとして感銘を受けました。続編となる『元気になるシカ!2 ひとり暮らし闘病中、仕事復帰しました』(KADOKAWA、2018)も、大病後の新しい日常を模索していく様子が丁寧に描かれていて魅力的な作品であると思います。
 身体やジェンダー規範に対するオルタナティブな視点を投げかける表現者として、内田春菊さんは、医療マンガの枠組みでは捉えきれない側面もあるのですが、状況に対し問題を提起し、「常識」を問い直すきっかけを与えてくれるという観点から注目してみたい存在です。『S4G~Sex for the Girls 女の子のための性のお話』(飛鳥新社、2007)や、『がんまんが 私たちは大病している』(ぶんか社、2018年)、『すとまんが がんまんが人工肛門編』(ぶんか社、2018年)などは身体論の観点からも興味深い作品です。
 医療現場を舞台にしたストーリーマンガとしては、医療現場をめぐる理想と現実を看護師の視点から描く、こしのりょうさんの『Ns’あおい』(講談社、2004-10)が好きな作品です。主人公である看護師の苦悩と成長の物語を通して問題を提起することは、物語の想像力の主要な役割の一つであると思います。
 感染症サスペンスとして独自の世界を切り拓いている朱戸アオさんの『Final Phase』(PHPコミックス、2010)、『リウーを待ちながら』(講談社、2017-18)も強い作家性を感じさせる卓越した作品ですね。医療マンガの枠組みからは特異な作品に位置づけられるかと思いますが、感染症という危機をめぐる人間のドラマ、組織論からも興味深い物語です。
 このように作品の傾向の幅広さが見えてくるのも医療マンガ文化の奥行きの深さならではでしょう。

筒井康隆編『人間みな病気』
中垣恒太郎
『元気になるシカ!アラフォーひとり暮らし、告知されました』(藤河るり 著、KADOKAWA 、2016)

『元気になるシカ!アラフォーひとり暮らし、告知されました』
(藤河るり 著、KADOKAWA 、2016)

『がんまんが 私たちは大病している』(内田春菊 著、ぶんか社、2018)『すとまんが がんまんが人工肛門編』(内田春菊 著、ぶんか社、2018)

『がんまんが 私たちは大病している』(内田春菊 著、ぶんか社、2018)
『すとまんが がんまんが人工肛門編』(内田春菊 著、ぶんか社、2018)

海外の医療マンガでお好きな作品、あるいはこれはぜひ日本の読者に読んでほしいという作品があれば、教えてください。

 海外の医療マンガも多様なのでさまざまにあるのですが、グラフィック・メディスンの中心メンバーの一人であるMKサーウィックさんは、看護師としての臨床経験を持ちながら、「コミックナース」として表現活動も展開しています。彼女自身の臨床経験を回想録(グラフィック・メモワール)としてまとめた『テイキング・ターンズ 371エイズ治療室の物語』は、1994年から2000年までのエイズ/HIV病棟をめぐる貴重な証言集であり、当時の関係者のインタビュー調査に基づいています。グラフィック・メディスンの提唱者の一人による著作であることからも、当時の患者との「一緒に絵を描こう」という試みや、医療従事者としての視点などが読みどころになっています。タイトルの「テイキング・ターンズ(かわりばんこに)」とは、医療従事者をも含む誰しもが患者の側になりうることを示したものです。医療をめぐる問題が大事なのはまさにこの点であり、誰しもが突然当事者になりうるということです。医療をめぐるマンガを通して私たち自身の問題として考えることが大事であり、その役割をはたしてくれるマンガの社会的機能に注目しています。
 『テイキング・ターンズ』は日本では類書がないタイプの作風ですし、ルポルタージュやメモワールとしての趣向も凝らされています。医療とマンガをめぐる可能性について考える上でも興味深い取り組みであると思います。この作品はぜひ翻訳を通して紹介してみたいと思い、サウザン・ブックス社の「サウザン・コミックス」叢書として翻訳出版刊行に向けたクラウドファンディングに挑戦しています。

TakingTurns
中垣さんが考える日本グラフィック・メディスン協会の今後の展望をお教えください。どのような活動をしていきたいですか?

 「学会」ではなく、「協会」としていることからも、ゆるやかな交流活動を目指していきたいです。私自身は文字通り一介の文学研究者にすぎませんから「できること」は本当にたかがしれています。医療にまつわる最低限の知識もこれから勉強していかなければなりません。人文学や文学は人間の心と体や社会などあらゆる領域を対象とするものです。交流活動を通して、お互いに多くを学びあえる場を作り上げていきたいです。
 参加してくださる皆さんにはそれぞれの専門領域や現場、日常の生活などがおありだと思いますが、国際的な連携を持つ日本グラフィック・メディスン協会を通して、それぞれの活動がより展開しやすくなる手助けとなればと期待しています。特に新しいことを進めようとする際や領域を横断する際には「前例がない」ということが支障となることも現実に起こりえます。分科会活動などとして、参加してくださる皆さんの得意分野を活かしたワークショップや医療マンガを題材にした読書会なども行ってみたいです。さまざまな専門領域の人たちが集い、それぞれの関心を専門の外側に開いて提示する活動を通して、情報や知見が行きかう場になればと願っています。